オランダ墓

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羽地ダムの鯉のぼり祭り。去年は林さんとアッキーとで来たなぁ。梅雨入り直前でとても暑かった...

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空が青空でないのが残念。

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その後真っすぐ帰るつもりが何故か古宇利大橋を走りたくなり、橋を渡ってすぐUターンして屋我地に戻り今度こそ帰ろうとしたのですが「オランダ墓」の案内標識に吸い込まれてしまいました。

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屋我地に住んでいてまだ来た事がなかったんです。小さな港に車を停め、そこから森を歩いて行きます。この間のティラガマみたいな雰囲気。

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これも墓みたいだけどこれじゃないと思いさらに進みます。

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道の突き当たりに階段が

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でました。

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沖縄式の亀甲墓の上に西洋風の2枚の石版が立っていて、漢字が細かく彫られている。

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今でも運天原の人が毎年清掃と供養しているのが驚き。しかも、なぜ12月24日に。このフランスのお二人、とても重要な人物だったのでしょうね。 いや、分かりませんが

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お墓の向いている先は古宇利大橋と左の対岸は運天港と崖の上がティラガマ。

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沖縄で今が見頃のテッポウユリが下を向いてつつましく咲いておりました。
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コメント

No title

運天はなんとも興味深い場所ですよね。
今やひっそりとしていますが、当時はきっと人や物の出入りが多かっただろうと思わせてくれます。
表の那覇港、裏の運天港の如く、知られていない歴史がまだまだありそうですね。

ウンテンさん

運天、不思議な所ですね。(今帰仁側は運天、屋我地側は運天原)昔、運天港には薩摩軍やペリーも来たとかどうとか言う話しになっていますが今は本当に恐いくらいにひっそりしてます。



なにか怪しさ漂う屋我地島から

大航海時代

泊に有る外人墓地も同じように残ってます故人の望郷の思いを考えて他人事と思えなかったんでしょう。


バリ島、台湾、に眠る琉球人も大切にされてます、これぞシーマンシップ

有り難い先人達に合掌。

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