ティラガマ

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運天港に漂着した源為朝が一時住み着いたと伝わる洞窟「ティラガマ」の入り口。木がとおせんぼしている...

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ちょっと進むとガマ(洞窟)があり線香の燃えかすがあり拝み所となってました。ホウキが置いてあるので常に誰かが掃除しているのでしょう。南部には久高島、斎場御嶽の「東廻り(アガリウマーイ)」北部は今帰仁上り(ナキジンヌブイ)」というらしい。沖縄は拝む人が多い。先週もこの辺でおばちゃんが食べ物を風呂敷に入れ歩いていたので「シーミーですか?」「いやぁ神様よ~」と5分くらい立ち話した。そのおばちゃんは毎日、読谷から拝みに来てると言う。天からのお告げで廻らないといけない人らしい。すこし休んだら癌になっていて病院に行っても医者には治せないと言われたそうで、またお告げがきて「最近さぼっているんじゃないか」と、また廻りはじめたら癌が消えたそうです。

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おばちゃんに「あなたは沖縄に縁があるんです」と言われました。なんか嬉しいなあ。
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コメント

No title

最近私も、為朝伝説関係に興味があって調べています。

運天は為朝ゆかりの地として有名ですが、
どうやら本島南部にも関わりがあるような記述もあるみたいです。
久高島にも上陸したとかしないとか。
事実はどうであれ、そういった伝説が浮上すること自体が、
為朝への関心の高さ、神聖な扱いを見ることができるような気がします。

長々と失礼しました。



No title

僕もそのおばちゃんに為朝のことを質問しました。やはり南部にも行っていたと申されておりました。そして「本当にいたかどうかは分からないけど」と。

僕は来たくなくても、この場所によく来てしまいます。今度、沖縄に来たら案内しますね。

No title

当時も今も日本人が来ると珍しいんだろうね、もともと日本人がいたのさここには

世界の歴史に正しく記録されている沖縄は昔から海から来た者には親切だから
Jhon万次郎の命をアメリカは琉球に預けて帰って行ったのも琉球王の親書が助けになる事を知っていたんです。

将軍は琉球王の接見の際において天皇接見の様式で迎えた事は知られてないんですけどね。

世界の文献に色々と残る沖縄の歴史は日本には不都合でしょうけどね。

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