宝 2018

雑誌「道楽」の休刊が決まったようです。

まずは8年間有り難う御座いました。

アディクションズでも広告を出させていただいたり記念すべき創刊号と13号ではコラムを書かせていただきました。

どちらのコラムもオーストラリアの話しでしたので、この2つのストーリーをMIXしてみました。

「宝」

沖縄に来て半年が経った。(2010年当時)
東京で10年以上刺繍という仕事をしてきて順風満帆、売り上げも年々右肩上がりで伸びていた。

そんな中、突然の沖縄移住※1

もちろん刺繍の仕事は沖縄に来ても続けている。
沖縄本島と橋で繋がっているとはいえ小さな離島「屋我地島」

仕事場兼住居の目の前は海で周りは亜熱帯の森に囲まれている。
従業員もいなければお客さんもほとんどこない。

今までの環境から180度変わった。

もちろん満足はしているがこれがゴールではない。
あくまで人生の中では通過点だし単なる現状。

少し振り返ればそこに1本の道ができている。
「バイクと旅と刺繍と日本※2」そんなキーワードの道が。

都会育ち20代前半の若者がアメリカに渡りバイクで走りまわり大自然の厳しい洗礼を受け、バイクを五感で「味わう」という事に目覚める。

それから年月が経ち、25歳の時にある衝動に駆られた。
それはオーストラリアをバイクで走りたい!「MADMAXに憧れて」

ただそれだけの理由でバイトで稼いだ50万を握りしめオーストラリアに飛んだ。

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西オーストラリア州のPerth(パース)という街でほぼノーマルの CB900F2を個人売買で入手できた。そして即座に黒に自家塗装。同時にキャンプ道具も一式譲ってもらった。地図も手に入れ、旅の準備は完了。

目的地のBroken Hill(ブロークンヒル)はMADMAXが撮影された場所である。
知っている情報はたったそれだけ。そこがどんな所なのか何があるのかも分からないけどとにかく行ってみたい。

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パースからブロークンヒルまでの直線距離は2,798km。街を離れるとすぐに荒野の直線道路が目の前にひろがった。MADMAX2のような赤土の砂漠ではなくインターセプターがナイトライダーをチェイスしていたような不毛の荒野。

ナラボー平原では3日間、景色がほとんど変わらない直線が続き100~200kmくらいの間隔で現れるのがロードハウスだ。ペトロステーションと食堂、モーテル、キャンプサイトが一つになっている。乾燥した荒野の一本道を何時間も走っているとこのロードハウスが砂漠のオアシスに思えてくる。夜行性動物がいる荒野でのキャンプはさすがに危ないのでロードハウスのキャラバンパークでテントを張った。このような圧倒的な自然の中にいる場合は近くに人がいるという安心感が一番大きい。そして朝イチのペトロ給油を終えると食堂に行き決まってフィッシュ&チップスかチーズバーガーを注文する。



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数日キャンプしたのち、ようやく目的地ブロークンヒル近くのSilverton(シルバートン)という街に到着。まるでゴーストタウンのようだった。雰囲気的には1作目に出てきたトゥーカッター軍団が今にも登場しそうな感じだった。

結局どこが撮影場所だったのか分からなかった。でもそんなことどうでもよく思えるくらい灼熱の内陸部はほとんど赤土の荒野で360度がMADMAX2の世界観そのものだったからそれで十分満足だった。

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その後も旅を続けていき、キャンプでは1合のお米も上手に炊けるようになり、CBはさらにMAX化し少しずつ自分仕様、人馬一体となりMADMAXの故郷オーストラリアを走り回った。

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そして西オーストラリア州のPerth(パース)からスタートした旅の最終日の日記をそのまま書きます。

(1994年6月24日)Mt.Magnet~Perth 600km 

今日は走ってて非常に寒かった。
しかし昨日に引き続き西オーストラリアの大自然ツアーだった。

轢かれているカンガルーの数がハンパではない。10分間だけ数えてみた。
なんと60匹以上!昨日死んでフレッシュなものからもはや白骨化に至るまで様々。

その死体に群がる鳥の数もすごい。新しい死体にはたいていカラスが10匹くらいの群れを作っている。
その中にとびぬけてでかい鳥がいる、イヌワシだ。

正確にはカンガルー1体につきイヌワシ1匹がむさぼっている。
そのまわりにおこぼれをもらおうとカラスがいるのだ。

カンガルーの死体は道路上のあちらこちらにあるためバイクで走っている以上それを避けて通らなくてはならない。鳥達は110kmで近づいてくるバイクに気が付き大分手前からこちらを見ている。

そして30mくらい手前でカラスは散り散りに逃げて行く。
イヌワシは依然として爪でカンガルーを押さえつけて鋭い目で睨んでいる。

通り過ぎる瞬間目が合う。最後まで逃げなかった。

標識のパースまでの距離がだんだん近くなるとついに旅が終わってしまう寂しさを感じる。しかし街に入ると懐かしさとここにいる仲間に早く逢いたくなり嬉しくなってきた。

8ヶ月前にこの街からスタートしたときはキャンプ生活の不安もあったが未知の楽しみも大きかった。そしてこの大きな大陸を一周して今帰ってきた。

いっぱい走った、暑さの中。
いろんな景色に感動した、ケツの痛みに耐えながら。
色んな街にも行った、多くの人とも出会った。
いっぱい働いて、いっぱい遊んだ。

この旅での経験はものすごく大きな僕の宝になった。

ずっと一緒に旅をしたCB900を売って東南アジアに行こう。完


【オーストラリア1周プラスα 走行距離18,773km】
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この後東南アジアには行けなかったのですが数年後にバイクではなくバックパックを背負いアジアの国々を歩いて廻りました。そこで刺繍と出会うことになります※3。僕は旅と人生はリンクしていると思います。一つの旅に人の一生を感じますし、そのなかの一日にも一生を感じます。人生の旅も同じ。現在位置は自分がいままで数多くの分岐点でハンドルを切って進んできた結果です。実際の旅で得た宝がその分岐点での方向を決断させたりするのがおもしろかったりするのです。

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※1 「移民の歌」で作り途中の話しがあります。いずれまた。

※2 今回のストーリーには前編があります。だいぶ前にバイカーモンで書かせていただいたコラム「バイクと旅と刺繍と日本」がそうです。

※3 この話しもありますので後日アップします。
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